3/28/2013

東北学院大学で卒業式

【河北新報】
社会での活躍固く誓う 東北学院大で卒業式

 東北最大の私大、東北学院大の卒業式が26日、仙台市太白区の市体育館であった。スーツや晴れ着に身を包んだ6学部の学部生と大学院生計2753人が学びやを後にした。
 星宮望学長は式辞で聖書の言葉を引用し「今後の人生で『地の塩、世の光』としての働きを発揮できるよう期待する。さまざまな困難を、知恵と聖書の言葉で乗り越えてほしい」と述べた。
 卒業生を代表して工学部の佐藤弘明さん(22)が「卒業生が連携して社会の諸問題の解決に努力することで、私たちを導いてくれた方々に恩返ししたい」と語った。
 会場周辺では、卒業生が記念撮影をするなどして友人との別れを惜しんだ。旅行会社に就職する法学部の佐々木茜さん(22)は「4年間は長いようで短かった。自分の意見を持ち、伝えられる社会人になりたい」と話した。
2013年03月27日水曜日
【引用ここまで】
--
私も業務担当があって当日は仙台市体育館へ行っていたが、式の途中、会場から10人ほどの学生が抜け出してきて、喫煙所でタバコを吸い、ひと騒ぎして、また会場へ戻っていくのを見かけてしまった。

僅か1時間半ほどの式典。
じっと席に座っていることさえできないのか。

あと数日で私たちと同じ社会人になろうという者たち、しかも、大卒社会人がコレか…と、落胆せずにいられなかった。

カタい考え方かもしれないが、幼稚過ぎる。

別に学長の話をしんみり聞いて涙を流し、恩師に心から感謝せよ、とまでは言わない。
しかし、もうほとんど全ての学生が人生で最後の「卒業式」だというのに、それを味わうことができないとは、これを幼稚と言わず何というのか。

いわゆる「学級崩壊」の影響なのかもしれない。教員がきちんと授業運営をしていれば、こうした学生が卒業していくことはなくなるのではないかと思えてしまう。入学するのも簡単、卒業するのも簡単。果たしてこれが巨額の補助金を国から貰っている「高等教育機関」と言えるのだろうか。ディプロマ・ポリシーは単なるお飾りでしかないのか。

確かに上記は2,700余名の卒業生のうちの10人程度の行いであり、ほとんどの学生は立派に式典に出席したと言うこともできる(式典に出席しない学生ももちろん相当数いるが)し、私もそう思いたい。いろいろな考え方があるのは認めるし、本学がどういう方向へ進もうとしているのか私のような末端には分かり得ないところが多々あるだろうが、母校に強く誇りを持っていることを自負する私でさえ、あの光景を見て自分の母校の名を言うのが恥ずかしくなった。


卒業生諸君。
胸を張って、誇りを持って、悔いなく、人生を楽しんでください。
あらためて、卒業、おめでとう。

0 件のコメント:

コメントを投稿