1/13/2016

気を引き締めて

今年もこの日がやってきた。
東北学院大学体育会アメリカンフットボール部Kayaks初代部長先生であらせられる故柴田誠先生の命日だ。

亡くなられたのは2007年だから、9年になるのか。

毎年この日が来ると、自分はちゃんとやれてるのか? やれてねぇなぁ、と反省ばかり。
この一年こそは、シバマコに胸張って「ちゃんとやってます」と言えるように頑張ろ。

Kayaks OB/OGの皆さん、それからたくさんの故柴田誠先生の教え子の皆さん、今日は短い時間でも柴田先生を思い出し、気を引き締めて良い一日にしましょう。


<以前のブログの関連記事>
訃報! 初代部長先生 2007年01月13日(土)
柴田先生、ありがとう 2007年02月24日(土)

1/12/2016

鼻呼吸で走ってみた

今日は運動強度に変化を持たせようと思い、口を閉じてずっと鼻呼吸で走ってみた。

しかし、体感的にはさほど強度に変化はなく、キツい上り坂のペースがいつもより若干落ちるかな?といった程度。実は上り坂を見るとペースを上げたくなる性分なので、ペースを保つには良い方法かな?と感じた。

ただし、鼻水で口ひげがタイヘンなことになっちゃったけどね。

帰ってRunmeterを見てビックリ!?
ペースがいつもとほとんど変りない。

おかしいなーと思いつつ、停止時間が15分余取られているのに気付いた。
実際には、信号で2回止まったぐらいで、あとはずーっと走ってたのだが、走るスピードがあまりに遅すぎて停止中とみなされてしまったのか?!


停止時間を含めた合計時間で見れば、平均ペースはキロ7分余。
まー、そんなもんでしょ。
やっぱり鼻呼吸で若干ペースは落ちた=若干強度が上がった?んだろうな。

帰って着替えてる途中から、モノすごいクシャミの連発!
まるで花粉症が始まってしまったかのようなクシャミ。きっといろんなもんいっぱい吸い込んじゃったんだろうねぇ。

鼻水でヒゲがタイヘンなことになるし、クシャミ連発するしで、鼻呼吸ランはあまり良いトレーニング方法とは言えないようだな。

シャワーを浴びてクシャミが落ち着いてから、Runmeterの設定を変更し、停止時間を含めないようにした。街中を走る際など、頻繁に信号で止められる時にはペース計算上不利になるが、それもまた「負荷」と考えてみれば、今回のように変なデータでイラっとするよりずっと良い。

それと、Facebookに共有(自動投稿)する設定をしてみたが、完了時に投稿する設定にしても開始時刻に遡って投稿されてしまう。これはどうにかならないもんかね? 解決策(あるいは回避策)をご存知の方がいらっしゃったら是非教えてください。

初積雪

今朝、起きたら隣家の屋根にうっすら白い雪。
ついに仙台でも初積雪となったようだ。

冬なので空気は冷たく寒くなってきてはいたが例年ほどでなく、このままセンター入試までもってくれれば…と思っていたが、やっぱり寒くなっちゃうのね。

【引用 河北新報オンラインニュース】
 11日夕、仙台市で今冬初めての積雪が観測された。初雪は昨年11月25日に観測されていたものの、暖冬傾向が続く仙台では「積雪なし」が観測史上最も遅くまで続き、従来の記録を9日間更新した。
 これまで最も積雪が遅かったのは1959年1月2日。仙台管区気象台によると、同市宮城野区の観測所で11日午後6時10分ごろ、積雪が規定量を超えたのを担当者が確認した。中心部でも道路にうっすらと雪が積もり、コートを着込み、足元を気にしながら歩く人たちの姿が見られた。
 11日の仙台は冬型の気圧配置が強まり、上空を気圧の谷が通過。日本海側から雪雲が流れやすい状況だった。12日は気温が上がるが、数日後には再び寒気に覆われる見通しだという。
【引用ここまで】

1/10/2016

疲れたけど、気持ちイイ

穏やかな正月をのんびり過ごしたのに、ここ数日は目まぐるしく忙しく、あっという間に2月中旬までカレンダーが予定で埋まってしまった。今日明日ぐらいはのんびり正月気分に戻ろうと思いつつ、グダグダ過ごすだけではあっという間に休みが終わってしまう…ということで、何かひとつぐらい行動しようと、ある意味一番楽なランニングに出掛けた。(計画なしに着替えればすぐ出掛けられるし金もかからない!)

今日も穏やかな天気で、日陰を走っているとさすがに寒いが、日向は暑くて汗ばむほど。
今日は何もない日なので、のんびりゆっくり走ろうということで、15kmほど走ってきた。距離は、iPhoneのアプリ「runmeter」での計測なので正確性にやや欠けるが、参考値ということでだいたいそれぐらい。


平均ペースがキロ6分台前半とあるが、これも正確ではないだろう。もっとかなりのんびり走ったはず。

でも、時間は正確で、信号で止まったりしたのも含めた合計時間が1時間43分。
このぐらい走ると足が痛くなりかけたが、今日は膝の調子が良くて痛くならなかったので、全然気にならなかった。疲れたけど、気持ちイイ!

1/07/2016

走り初め

遅ればせながら、走り初めのご報告。

今年は、1月5日(火)に走り初め。

その時の記録。
ランニング, 森林公園, 距離 6.94 km, 時間 43:51, 平均 6:19, 562 カロリー.

自分では少し速めのスピードに乗せて走ったつもりあったが、体が前に進まず重い。結果、平均ペースはキロ6分台中盤。これじゃあ、ハーフマラソンで2時間切りなんて絶対できない。

スピードが出ない一番の原因はストライドが短いということ。
筋力の衰えと体重の増加で地面を蹴る力(=推進力)が弱くなっていることと、股関節の柔軟性…正確に言うと大腿四頭筋の柔軟性がなくなって脚が後ろに流れないため、ストライドが伸びない。いや、脚を後ろに流す必要はないのだろうが、ちょこちょこ走りになってしまってストライドが伸びないし、傷める可能性が高いので筋肉の柔軟性は高めておきたい。

そして、今日は今年2度目のランニング。

今日の記録。
ランニング, 森林公園, 距離 10.67 km, 時間 1:14:21, 平均 6:58, 764 カロリー.

何となく足腰にまだ張りがあったので、今日はゆっくりしたペースで走った。
…つもりだったのだが、おとといの走り初めと大してペースが変わらない。つまりやっぱり速く走れなくなっているということ。

やっぱり筋トレが必要だな。

部下を悲惨な目にあわせないために

職場の労働組合の書記長になって2年半ほどになる。
労働組合といっても親睦会に近いものだが、それなりに労組的活動もしている。

それまで全く組合活動に熱心でなかった(というか全くやってこなかった)のに突然書記長になったものだから、2年半たった今も付け焼刃の知識とハッタリで何とかやり過ごしている感じ。

ところで今日、ある管理職の方と話をする機会があった。
その方と労使に関わる話をしたところ、全く的外れなことをおっしゃるので驚いた。

私も付け焼刃ではあるが、管理職でありながらそこまで労使に関わることに無知だとなると、これはもう、その方の部下は悲惨としか言いようがない。

若手職員には時折話すが、目の前の仕事のことばかり考えてちゃダメなんだと思う。
仕事なんてできて当たり前なんだから、仕事をした上で、もっと大局に立って物事を考え、議論し、さらに考えを深めていくぐらいでないと、本当の意味で自立した社会人になれないんじゃないだろうか。いや、もちろん若い時は仕事ちゃんとできるようになることが先だろうけども。

労組なんて、時代遅れみたいな気もするし、面倒くさいし、変わった人の集まり?みたいにしか私も思ってなかったが、(実際そういうところもなくはないが…)書記長になってみて、少なくとも本学労組は、労働者側から全体を見渡して職場を正しい方向に進めようという熱意のある人たちのグループであるということが言えるんじゃないかと今は思う。

誤解のないように。
労組万歳ではないですよ。

ただ、労組に関われば、労使関係についてだけでなく、働く上で知っておくべき法令、労働協約や労使協定の意味、政治や経済が職場に対しいかに大きな影響を与えるか、などなど、学ぶべきことがたくさんありますよ、ということ。他で学べるなら労組に関わらなくても別に良いと思う。でも、こうしたことは当たり前に知っておくべき社会人の常識のひとつであるといった認識は持つべき。でないと将来、部下を悲惨な目にあわせてしまう上司になってしまうかもしれない。

1/06/2016

五目あんかけラーメン

久しぶりに学食の新メニュー。
五目あんかけラーメン、720kcal、432円。
なぜかぬるくてガッカリ。


1/05/2016

仕事始めに考えたこと

昨日の仕事始めは理事長の年頭挨拶から始まった。
土樋キャンパスの会場には多くの人が集まったが、泉キャンパスはまばら、多賀城キャンパスにいたっては状況分からず。(TV会議システムでやってます)

不思議なのは(不思議でもないけど)集まっているのはほとんど事務職員。教員はまばら。しかもその教員のほとんどは学部長や部長職などの役職についている。大学という組織がそれぞれ特異な構成要素から成り立っていることが改めて浮き彫りになった。

これって、アメリカンフットボールのチーム構成に似てないか?
ボールを前進させるために身を呈してブロックしているのに目立たないオフェンスラインはもちろん事務職員、
パスキャッチするまでは好き勝手走ってるかのように見えるワイドレシーバーは、華々しい研究成果を上げる教員で、
地道にボールを運ぶランニングバックは、学生たちを育てることに熱心な教員か。

目標だけが共通で、役割も資質も、求められる成果も何もかも大きく異なる人たちの集まり。
大学組織とアメリカンフットボールチームはよく似ている。

ところで、このチームをまとめあげるクォーターバックは誰なんだろう?

学長だったり、学部長だったり、事務部長だったり、ということになるのだろうが、ハドルの中で短い言葉で全てを伝えることができるクォーターバックに例えるのは少し難しいかな?

共通の言語(英語とか日本語じゃないよ。チーム固有の言い方)で話し、練習によって強固な信頼関係を築くことができるスポーツチームとそこは違うかもしれないけど、毎日起きてる時間のほとんどを一緒に過ごす職場の先輩後輩上司部下で信頼関係が築けないっていうのは、何でなんだろう?

ディフェンスチームで考えてみよう。
荒々しくL.O.S.に攻め込むディフェンスラインは、研究熱心な教員かな。
これをバックアップしてボールキャリアをピックアップするのが、教育熱心な教員、
ゆったり守って、全体を見渡す位置にいるディフェンスバックが事務職員と言えるのかもしれない。

ディフェンスは個人的なプレーの塊である、というのが私の拙いフィロソフィーだが、塊とするにはやはり強力なリーダーシップを発揮する選手と、その根拠となる皆が信頼する正しいシステムが必要。大学にはそれがあるのかな?

私は低いレベルのリーグでしかフットボールを(選手としても指導者としても)経験したことがないが、それでも、スポーツにおける組織論やコーチングが非常に進んでいると感じているし、アメリカンフットボールにおけるそれは、極めて高いレベルにあると確信している。

しかし、現実的にこれを職場で活かすことができていない自分がもどかしく、どうしたらもっと影響力を持って仕事をすることができるのかと、まもなく51歳を迎える今も思い悩んで日々職場でもがいてます。(=2011年に監督辞めるまでほとんど仕事してこなかったツケだね)


年頭所感 創立130周年を迎えて(東北学院大学公式ホームページ)
(↑冒頭に記した理事長年頭挨拶そのままではありません)


1/03/2016

穏やかな三が日(とケツの話)

仙台の正月三が日はとても穏やかだった。
今日はあたたかく感じるほどだったし、快晴はなかったけど、風も雪も雨もなく、穏やかな正月休みだった。

今年は、暮れから正月に掛けてそれほど多く酒を飲まなかった。
食べ過ぎ感は無くはないけど、まぁ普段とさほど変わらず、いつもの週末を過ごしているかのような正月だったな。

大晦日に走ったきり、まだ走り初めをしてないのは、少々大臀筋に痛みがあるから。
最近、走ると大臀筋に来る。特に右尻。ケツで走る走り方に変えた訳じゃないんだけど、軽い筋肉痛のような状態になりがち。ゆったりとしたペースで走ってるんだけど、筋力が落ちてるってことかな。今年からは走るだけじゃなく、筋トレも定期的にやらないかんな。

のんびした正月休みも今日で終わり。
明日からまた頑張っていこう。

いつもありがとう

昨年末、Kayaksの後輩たちからたくさんお土産をいただいた。写真を撮り忘れてしまったものもあるが、どれも有り難く、美味しくいただいてます。

でも、ホントに、いつも言うけど手ぶらで良いので、暇な時にお立ち寄りください。時間があるなら酒でも飲みに行きましょう。





1/01/2016

一年の計 2016

一年の計は元旦にあり、ということで平成28(2016)年をどう生きるか考えた。

まずは例によって昨年の振り返りから。
一年の計 2015

1. 何はともあれ仙台ハーフ完走!
これは見事達成できました。
余裕は全然なかったけど、完走が目標だったから問題なし! 2014年の無念の途中失格の呪縛から解き放たれた。良かった!

2. 仕事をマネジメントする
この目標を立てた時は職場でマネジメントする立場になかったが、4月に昇任して2人の部下を持つことになった。しかし、それまでは4人の係だったのに3人に減り、監督職としての仕事に加え、実務もこれまでどおり行うということで負担は大きく増えた。
そんな言い訳を先に言ってしまうくらいだから、当然これは達成できていない。むしろ、これまでよりもマネジメント下手になった気さえする。
それは、部下のひとりが年上ということも影響するが、その影響を受けるのも、影響させているのも自分の実力不足。これは大いに反省しなければならない。

3. 楽しむ!
これも微妙だなー。
モノ的にも、ジテ通の友、TREK 7.5FXのディレイラーの調子がイマイチだし、旧車の愛車ビートもシフトフィールがイマイチ(←どちらも変速機関連だな)。仙台ハーフは完走できたけど膝は相変わらず痛いし、腰痛も良かったり悪かったり。酒を楽しむ機会もぐっと減ってきて、昨年11月からは眠れない日々が続いてたり。窮地をも楽しむ心の余裕が無くなってた気がする。これは一番いかんね。

ということで、しっかり振り返りをした上で、一年の計 2016。

今年は、仕事をちゃんとする一年にしよう。

何か当たり前のことだし、漠然としていて目標に相応しくないとか言われそうだけど、年始の挨拶でも書いたように、去年は仕事が全部中途半端になってしまってた気がする。それは、量的な問題があったことは否定しないけど、それよりもむしろやる気の問題。場の雰囲気に流されていなかったか、あるいは逃げ出していなかったか、自分が背負っている責務がどれほどの重さなのか考えていたか、本当に信頼されるに足る努力をしていたのか。

忘れられない言葉がある。
その言葉は、達筆で紙に書かれ、しかし泥だらけになっていた。

震災直後の平成23(2011)年4月2日(土)、初めての災害ボランティアで訪れた石巻市の渡波中学校で、私はその言葉と出会った。

誰にでもできるようなことを
誰にもできないくらいやるのが
修業

そう書かれた紙が、教室の床に何センチも積み重なったヘドロの中に落ちているのを私は見つけた。
何とも言えない気持ちだった。
未曾有の災害に遭ってもまだ修行(紙に書かれていたのは「修業」)を続けなければならないのか、という怒りや諦めを感じたのと同時に、一方で、努力する人間の前に乗り越えられない壁は無いという確信、希望の光を見た気がした。
(この時のブログ記事)

私もまだまだ修行(修業)が足りない。
もっとできる。まだできる。
責任のあるポジションにいる限りは、やらなければならない。
そして、そのポジションにいつまでもいれる訳じゃない。
だから、そのポジションにいる限りは、自分の責務をきちんと果たそう。

そんなことを考えつつ、今年は仕事をちゃんとする一年にしよう、と考えた。
頑張ろ…

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

昨年は、本職である大学学生課職員に加え、7月に3期目(3年目)に突入した職場労組の書記長、また、TGスポーツOB連合会の事務局長として、それぞれの職務に邁進したつもりでおりましたが、いずれも中途半端な取り組みとなってしまい、結果皆さまにご迷惑をお掛けすることが多い一年となってしまいました。

この「3足のわらじ」状態は今年もしばらく続きますが、それぞれに全力で取り組み、今年こそは責務を全うする覚悟でおります。

また、学生ボランティアのサポートや、ランニング、自転車、クルマ、ワインといった個人的な活動もさらに充実させていきたいと願っています。

本年も変わらぬご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます。


平成28年 元旦

12/31/2015

走り納め

平成27(2015)年の大晦日。
仙台は風もなく穏やかで、空気はさすがに冷たいが、日向にいると暖かさを感じる。

昨夜の酒が抜けた昼過ぎに、今年の「走り納め」に行ってきた。
どこを走ろうかほんの少しだけ迷ったが、走り納めなのでやっぱり「ホームグラウンド」?である森林公園へ。

ホームグラウンドと言いつつ、久しぶりの森林公園。10月末以来、2ヶ月ぶりの森林公園は、雪こそ無いがすっかり冬の様相。枯葉も踏み砕かれて、ちょうど良い柔らかさの絨毯のようだった。

…のだが、
先日、八木山へ走りに行った際に捻挫した右足首が、寒さのせいもあってか痛みだし、連動して古傷の膝、そして腰へと痛みの連鎖が。

まぁ、これはいつものことなので、痛みの程度を感じ取って、悪化しないようにペースを保って走り続けた。

走りながら今年の反省。
昨年(2014年)は5月の仙台ハーフマラソンで無念の途中失格となり、一気にラン熱が冷めた…というか落ち込んでしばらく走れなくなった。引退か?リベンジか?などとクダラナイことばかり考えて無駄に時間を過ごした。

年が明けて、今年(2015年)になってもなかなか走る気になれず、練習不足で臨んだ今年の仙台ハーフマラソンだったが、iPhoneアプリrunmeterによると2時間16分56秒という好タイム?で何とか完走でき、まさかのリベンジを果たすことができた。

しかし、何かと忙しかったこともあって走る機会は減る一方。
そんな中エントリーした10月の松島ハーフマラソン10kmの部では、目標だった1時間切りを達成(57分台でゴールした。自分でもビックリ!)。浮かれて走る機会も増えるかと思ったが、そんなこともなく、走り始めたここ数年で最も少なかった去年より、今年はさらに100km以上少ないランニング距離で走り納めることと相成りました。


今年は50歳となり、字面や響きからも「老い」を感じることが増えた気がしたが、来年は51歳、Area51みたいでカッコいいから何となく頑張れそう…などとバカなことを考えながら大晦日を過ごしております。

今年も一年間、ありがとうございました。

12/30/2015

32期会

Kayaksの最も苦しい時期を支えてくれた第32期。
苦しい時期を支えただけでなく、東北学生一部リーグ昇格の足がかりとなった部員増員のヒントをくれたのも、第32期。私にとって最も思い出に残る学年のひとつであることに間違いない。

その32期会に招待され、仙台三越向かいの山の猿一番町店で昼食をいただいてきた。
よく試合会場で見かける顔もあるが、5〜6年ぶりに会う顔もあり、懐かしく感じつつも、つい数日前にも一緒に練習していたような錯覚に陥る不思議な感覚だった。

彼らが今年30歳の年だということを知り、私とはちょうど20歳離れているということが分かった。なので、彼らが学生の頃、10年前は私も40歳そこそこで、まだまだ血気盛んなお年頃。無茶な要求もしたっけなぁーと心の中で大いに反省しつつ、大人になった彼らとの会話を楽しんだ。

先週末は、35〜38期あたりのメンバーと飲んだのだが、彼らはKayaksが二部から一部へ昇格していく上り調子の時をチームで過ごした。彼らもまた、印象的な世代だと言える。私にとっても、監督としてのキャリアの終盤にあたり、自分でいうのも何だが、円熟味のある指導(=拳に頼らない指導、とも言う)ができていたと思う。しかし、32期が現役の頃は、チーム状態もまだどん底状態で、私の指導力も全く無かったと言っていいほどだった。

それが、32期とその前後のメンバーたちと出会い、共に練習を続けていく中で、私も指導者として成長させてもらい、チーム状況も大いに好転していった。クドいようだが、それほど彼ら32期がKayaksに与えた影響、貢献は計り知れないほど大きい。

そんな彼らの同期会に招待いただき、短い時間ではあったが再び時間を共有することができて、私は本当に嬉しかった。

今日は32期の全員が集まることは出来なかったのだが、代わって、将来Kayaksで活躍するであろう若き勇者がふたり、出席してくれていた。

正確な手の形で吸い寄せるようにボールをキャッチしている子は何とまだ生後7ヶ月。その隣でしっかりマンツーマンでカバーしているお兄ちゃんは6歳。きっとふたりとも、日本を代表するフットボール選手に成長することだろう。


残念ながら、弟君がKayaksに入部してくる頃、私は既に定年していて大学にはいないが、陰ながら彼らふたりの活躍を応援していることだろう。

みんな、今日は本当にありがとう。
勝、浩子ちゃん、かわいい息子たちと毎日楽しく、そして元気いっぱいに育ててKayaksに送り込んでください。期待しています。
晃平、試合会場ではたまに会えるが、久しぶりにゆっくり話せて良かった。
順彦、いつも審判として活躍してくれてありがとう。近いうちにまたルールを教えてください。

12/27/2015

拡大 旭ヶ丘会

近所に住むKayaksの後輩と「旭ヶ丘会」と称してたまに飲んでいるのだが、昨夜はその後輩の新たな旅立ちを祝して「拡大 旭ヶ丘会」を、旭ヶ丘を飛び出し、一番町の「寿寿」で行った。

いつもは4〜5人の旭ヶ丘会だが、昨夜は15〜16人も集まっただろうか。
近況を報告しあう中で、その後輩以外にも、新たな道を歩み始めている者、これから歩み始める者もいて、皆それぞれ大人の顔になって頑張っている様子をうかがえて楽しくもあり、頑張れと応援したい気持ちにもなった。

写真はせり鍋。
2〜3度食べたことがあるが、これって昔からある食べ方だろうか?せりの根っこなんて食べたことなかったけどなぁ。


鶴岡市や十和田市、富士山麓から駆けつけてくれた後輩もいて、もっともっと話をしたかったが、彼らが学生だった頃のようには時間はない。短い時間しか話ができず、少し寂しい感じもするね。


二次会は、定番のタカシの店。
タカシ、異動してたんだな。ということで、ここは初めてだったけど、いい感じの店だった。




12/26/2015

八木山行ってきた、けど

この数日見当たらなくなっていたお気に入りのオレンジ色のボールペン(インクは黒です)が見つかった。いい気分になり、C3Xを飲んで素早く着替え、ジテ通用の愛車TREK 7.5FXに乗って行きつけの自転車屋へ。

実はこのところ前後のディレイラー(変速機)の調子が悪く、特に前はインナーに落とすとなかなかアウターに戻ってこない。後ろも数段飛ばしで変速したり、段差を乗り越えた衝撃で変速したりとめちゃくちゃ。

あと、ブレーキの効きも悪くなっていて、特に前はリムにシューがちゃんと当たらなくなっていた。

それで、上杉にある自転車屋へ乗って行って、前後ディレイラーの調整と前後ブレーキの調整をお願いした。前ブレーキはシューの減りがあるので交換した方が良いとのことで交換をお願いした。

さて、修理の間、待っているのももったいないので、とランニングへ。もちろん、そのためのC3Xであり、着替えたのももちろんランニングウェア。

とりあえず走り出し、さてどこ行こう?
榴ケ岡公園でも行くか?でも自宅からでも行けるし、せっかく上杉からだからもっと遠くへ。

あ、久しぶりに「八木山一周」行くか!

ということで、学生時代の基礎トレで走り慣れた?「八木山一周」へ行くことにした。

上杉から南下し、広瀬通を西進して青葉城址へ。
久しぶりに行ってみたら、柱の土台のようなものがたくさんあった。
写真で遠くに見えるのが伊達政宗像。手前に並んでみえるのがその土台のようなもの。
ここもいろいろ手を入れているんだな。


青葉城址を突っ切って、八木山橋を渡り、最後の坂を登りきってベニーランドへ。
賑わってるかと思ったら、営業してなかったみたい。

その後、東北放送から東北工大、向山高校を通って坂を下りおり、突き当たったら左折して霊屋方面へ。花壇から上がって、あとは赤信号に合わないようにジグザグに走って上杉に戻ってきた。

10月の松島マラソン(10kmの部)を走ってから、2〜3週間に一度のペースでしか走っておらず、しかも3〜4km、長くても7〜8kmしか走ってこなかったので、今日は頑張ったぞーと思ってiPhoneのアプリ「runmeter」をチェックしたら…

なんとiPhoneの電源が切れてる!!!
なんでや!?
と思って電源入れてみたら、案の定というか当然のことながら、runmeterもストップしてた。

11:48に走り出したのだが、12:22、青葉城址付近で止まってる。


あー
青葉城址の写真を撮ったところで電源切れちゃったのかー

4s、調子悪かったからなー
メモリ足りないのかなー

参ったなー

記録のために走ってるワケじゃないけど、記録は励みになってるんだよねー
心砕けるー

(しかも、自転車もブレーキは直ったけど、ディレイラーの調子は悪いまま。参ったー)

12/25/2015

女川カレーラーメン(小渕浜ボランティア)

12月20日(日)、学生たちと小渕浜へ行ってきた。東北学院大学災害ボランティアステーションによる漁業支援。旧牡鹿町の小渕浜へ行くのは、これで4回目かな。

最初に行ったのは今年3月末。
寒い中、ワカメの収穫作業の手伝いで単純ながらキツイ作業だった。

2回目は8月末。
「夏ボラ」と呼ばれる夏休み中のイベントで、全国から集まった大学生をマイクロバスに乗せて行った。この時は比較的簡単な作業だったけど、マイクロバスの運転はやっぱり気疲れしたなぁ。

3回目は11月下旬。
強風が吹き荒れる中、屋外の作業で寒かったけど、作業しているうちにあったかくなってきた。「殻こ刺し」と言われる作業を初めてやった。牡蠣の養殖に使う、ホタテの貝殻を針金で繋げる作業だ。

そして、今回、12月が4回目の小渕浜。
少し風があって海に出れないと漁師さんが言ってたが、前回11月の強風に比べれば穏やかで暖かだった。作業は比較的軽微な作業。しかも、日帰りだったので、体にはラクだった。

11月の時にもあったが、来年2月に企画しているイベントの打ち合わせを兼ねていたのでミーティングの時間もあり、私は付き添って、現地の方々とボランティアステーション学生スタッフの話し合いを見守った。

学生スタッフたちはしっかりしているし、「夏ボラ」や大学祭の企画運営を経験しているので、下手に私が口出しするより任せた方がずっといい。大学職員として知っている部分あるいはマイクロバスのドライバー(2月のイベントではまた運転する予定)として必要なことをほんの少し話す程度で十分打ち合わせは成り立つ。

今回、現地の方の計らいで、女川町に昼飯を食いに行った。
女川も震災の津波で町は壊滅的被害を受けた。
実は、2007年にKayaksの夏合宿で女川町を訪れており、ずっと気になっていたのだが、逆にそのこともあって行きづらい気持ちにもなっていた。今回、図らずも女川町を訪れる機会を得て、有り難かった。

現地の方と学生数名をワゴン車に乗せ、コバルトラインを通って女川へ。
よく晴れて、海がとても綺麗だった。


現地の方は、「きぼうのかね商店街」という女川の仮設商店街に案内してくれたのだが、お目当の店が生憎貸切で、他の店も行列ができて入れなそう。
それで、急遽近くの「金華楼」へ。


震災前は確か海のそばにあったはずだが、今はもちろん海から離れ、住宅地の中にある。
で、何を食べようか迷い、有名なうにラーメンも気になったが、ここはせっかく女川に来たからと「女川カレーラーメン」。


初めて聞いたけど、女川カレーというのは結構有名らしい。それのラーメン版。
野菜たっぷり、シイタケたっぷり、カレー自体はやや薄味で麺は細麺。カレーラーメンというもの自体、それほどメジャーじゃないと思うが、寒い日にはこれもアリだな、と思った。

さて、女川の町の様子。
写真は撮らなかった。撮れなかった。
けど、2007年の夏合宿で泊まった旅館も、夜にこっそりスイーツを買いに行ったコンビニも、朝の体操をした広場も、全部何もかも無くなっていた。

練習したグラウンドは高台にあり、今回は寄らなかったがおそらく残ってはいるのだろう。ただ、総合運動施設だったそこは、震災当時遺体安置所になったと聞いた。

今は何もない状態の女川だが、新しい街づくりを進めている最中なのだろうか。あるいは、もうあそこには人は住めないように規制されてしまったのだろうか。日曜だったこともあって、街は静かに休んでいる様子だった。

昼飯を終えて戻った牡鹿、小渕浜周辺もまた、街に活気はもどってきたとは言え、震災の爪痕はまだまだたくさん残っている。

津波被害を受けずに残った立派な家だと思っていた家が、反対側から見たら津波の影響で割れた窓ガラスがそのままだったり、一階での生活は未だできず、二階でだけ生活していたり、実際に現地に行っても、見る目がなければ見えないものがたくさんあるということに改めて気付かされた今回の小渕浜漁業支援ボランティアだった。

<2007年の夏合宿の様子>
夏合宿1日目
夏合宿2日目
夏合宿3日目
夏合宿4日目(最終日)

11/23/2015

機種変できない

今も使い続けている iPhone 4s。
iOSが新しくなる度、動きが緩慢になってきて、今では相当ストレスを感じるほどもっさりだ。

最近、何度か6sに機種変しようとソフトバンクや量販店を訪れているのだが、複数あるはずのプランから一番高い料金体系しか勧められたなかったり(他にプランがないとか言われてアタマきた)、店員が全然つかまらなかったりで(店が混んでたのは確かだが)、さっぱり手続きできずにいる。もう永遠に機種変できないんじゃないか?!と感じるほど。

またしばらく諦めて使うことにするか。

ちなみに、
iPhone 4sは、その発表翌日にスティーブ・ジョブズが亡くなったことから、For Steveの4sだなどと言われていた機種。

そして、
愛車ホンダ・ビートは、本田宗一郎が生前最後に発表を見守った四輪車と言われている車。

別にそういうの狙ってる訳ではないです。

11/17/2015

El Capitan クリーンインストール

MacBook Air の OS X El Capitan をクリーンインストールした。その備忘録。

【Mac】OS X El Capitan(エルキャピタン)をクリーンインストールする方法。
http://wayohoo.com/mac/tips/how-to-clean-install-os-x-el-capitan.html

OS X El Capitan: Mac に付属のアプリケーションを再インストールする
https://support.apple.com/kb/PH21972?locale=ja_JP&viewlocale=ja_JP

[Mac]Launchpadへ勝手に表示されるChromeのリンクアイコンの消し方
http://ore-ch.com/chromelink-delete.html

El Capitanで3本指のドラッグを有効にする
http://qiita.com/FumihikoSHIROYAMA/items/f49683f87700111fa57a